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解説 Comment

絵が出来るまで

私がプラーナというものを見えることに気付いたのは、2000年の春頃だったと思います。
空に光る小さな粒子がクネクネっと現れては消えていくのに気が付きました。それがプラーナ(オルゴン・エネルギー)と呼ばれるものだと知ったのは、それから少し後、バーバラ・アン・ブレナンの「光の手」という本を読んだ時でした。

私の父は、藤田喬平というガラス造形家で文化勲章を2002年に受章しましたが、2004年の秋亡くなりました。回顧展を開いて頂き、2007年秋から2008年春まで、東京、大阪、名古屋、石川県の能登島、と巡回しました。

2007年の暮れ、大阪の回顧展をご覧いただいたある方から、会場でお父様のメッセージを感じたので伝えますと言われました。
「自分を出しなさい。もう出して良い頃だ。」

大阪から帰って、私はプラーナの絵を描き始めました。


2008年の春、岡山で個展を開き、描き始めたばかりのシリーズ4点も持って行きました。

二日目の昼ごろ、30代位の女性が見え、何となく会話になり・・・
彼女の掌にラメのようにキラキラ光る砂のようなものがあるのを見せてくれました。
神社などへ行くと、掌にこういうものが出て来るのだそうなのです。

その後、彼女の友達が同じように絵に手をかざしてみると同じように光るのもが出て来ます。画廊の女性も、画廊の前にある宝石売り場の女性も、呉服売り場の女性も・・
噂が広まって、違う階からも絵を観るというか手をかざしに来てくれました。

見てくださった方で女性は、年齢に関係なくほぼ全ての人の手に現れました。


言葉で説明するのは難しいですが、きっとこれは描いたプラーナが伝わっているのだと思っています。

2007 「生気」

父の思い出

■ 父の机

父の机

天板 49㎝×28㎝、高さ 38.5㎝  この机は納戸の奥に置いてありました。
足の材料は拾って来たものなのか、一本には引き戸の溝が掘ってあります。
他の足も、昔あったみかん箱のように、ザラザラです。

昭和22年頃、父が25歳の頃、戦後何も無くなって、一人、美校の先輩の家の
四畳半に間借りした時、自分で作ったこの机が唯一の家具でした。

それから死ぬまで、使うことは無かったにせよ、この机を持ち続けていました。

■ 父の言葉

父の写真

作品の制作について教わったことは何もありませんが、とやかく説明することもなしに
「売れなければダメなんだ・・・」と聞いたことは何度もあります。

明日食べるお米もない時から、作品を売ることだけで生活してきた経験から出た言葉に
違いないのですが、いわゆる商業主義と言われるものとは違うような気がします。

それなりに高価で必需品と言えない工芸品を、自分のお金で買ってくれる人は、頭で考え判断して 買ってくれる人ではありません。

心で感じてもらえなければ、買ってはくれません。

■ 評論

飾筥

『つまりこの種の作品は西洋的発想からは生まれないのだ。見た目に訴えるように、
鎬を削って追及していく、自意識の強い西洋の芸術表現の中で、藤田の一連の作品は、
独断的な海のうねりの中で、休息と調和の島のように思えた。

蓋物の箱は目をひく程異国的ではなかった。私達を納得させるのは、そんなものよりむしろ
この作品に凝縮した、何か本質的なものへ遡っているような形のもつ力だった。』

ヘルムート・リケ「伝統と新しい道」

一昨年の父の回顧展の図録に紹介されていた、父の作品への評です。

私達がこのような言葉を書けないのは、我々も西欧の人々と同じような自意識を持ち
同じように芸術表現の中でそれを表現している「ハズだ」と思いこんでいるからです。

父は、そんな思い込みを外すことが出来たのだと思います。

■ スケッチの日付

古美研のスケッチ

昔の美校というのは、今の芸大で、同じ上野の森のはずれにあります。
奈良に学校の施設があり、日本画、彫刻科、工芸科等々 科に分かれて数週間、
その施設に泊まって、奈良、京都のお寺を拝観して回ります。

父のその旅行、古美術研究旅行(略して古美研)は昭和18年4月11日、興福寺から始まっています。
今回の展覧会にも出品しているスケッチの日付です。


2年前、その秋に始まる回顧展の準備で資料の整理をする為、そのスケッチも写真に
撮っていました。
スケッチに日付があるのに気付き・・・・・・・・撮影したその日も4月11日でした。

■ 制作の現場

制作の現場

父の制作の現場は何回かテレビで紹介されましたが、写真も映像も実際より奇麗に見えます。
暑くて、うるさくて、匂いもします。

夏は体感40度以上あります。
機械油や新聞紙の焦げた臭いがして、ガラスを溶かす窯のバーナーや、成型する時に
ガラスを再加熱する為のバーナーの音が、工場全体を振動させるように響いています。
そしてその上に、ラジオが大音響で流れています。

「窯借り」と言って、理化学用の試薬瓶を作っているガラス工場の一角を、ガラスの材料、
数人の職人さんを借りて制作していたのです。

冬でもほとんど窓は開けっ放しで、工業用の大きな扇風機が唸っています。
暑いので空気が通った方が楽ですが、ガラスに金箔を巻きつける時、金属の板の上に
色ガラスの粒と金箔を置き、その上をパイプの先に巻きつけた熱いガラスを転がすのですが、
風が吹くと金箔が吹き飛ばされてしまいます。

風が強過ぎてとても出来ないと思えるような日でも、何とかやっていました。
空気が一瞬止まるような時間が必ずあります。

でも、そんな瞬間を作っているように見えた時がありました。

プラーナを描く